生地が美味しい素朴なパン屋さん 土の香

亀山市能褒野町の「のぼの職人村」の一角に店舗を構えるパン焼き小屋、『土の香(とのか)』。
2018年3月にオープンして依頼、売り切れて早く閉店してしまう日もある程の人気のパン屋のご夫婦、細川大和(ひろかず)さん、知佳(ちか)さんにお話を伺いました。

のぼの職人村のパン屋 土の香 店内

人生の大きな選択肢には運命ってあるのかなと思っています

── パン屋を始められた経緯を教えてください。

(大和さん)大学卒業後は農業関係の会社で働いていました。
野菜や米、苺などを生産していたり、パンやビール、ハム、ソーセージなどを作ったり、レストランや宿泊施設などを運営したりと色々な部署があって、元々ものづくりがしたいと思って入社したんですが、最初は3年ほど販売の仕事をしていました。
でもやっぱり人が作ったものを売るより自分で作りたかったので、部署異動の希望を出しました。

── パンを作る部署を希望されたんですか?

(大和さん)そうですね、でもパンにすごくこだわりがあったというわけでもなくて、ちょうどパンの部署に空きが出そうっていう情報が入ったので(笑)
ものづくりとしてはハム・ソーセージもあったんですけど、大規模で工場のようだったので、それよりも自分の手で作って、目の前で販売もできるパンのほうが魅力的でしたね。

それでしばらくパンを作っていて、四日市でパンとレストランの店舗を出すということになってそこに異動したり、途中会社の研修ということで4カ月ドイツにも行かせてもらえました。
それで5年ほどパンやレストランのことをしていたんですが、四日市の店舗を閉めて業態を変えるということになり、そのタイミングで退社しました。

のぼの職人村のパン屋 土の香 ベリーベリークリームチーズ

退社後、パン以外のことをやってみようかなとも思ったんですが、近所にパン屋ができてスタッフを募集していたので、そこを受けたら受かったのでパン作りを続けることになりました。

でも会社だとやっぱり自分の作りたいものは作れないですよね。
売れるもの、上司が好きなものを選んで作ることになるし、人間関係も色々あったり、そればっかりの人生ってどうなんだろうって思い始めたんです。

会社のお金で、会社の力でお店を経営していくっていうことは経験させてもらえたけれど、材料費・人件費のことを考えてお客様にきてもらえれば経営は成り立ちますよね。
それって自分の力ではないし、それをずっと続けていくことに疑問を持ち始めて、自分でお店をやるしかないなと思えてきたんです。
自分のお店を出したかったっていうより、会社でずっと続けるのがっていうのが違うなと思って。

── そこに疑問を持ってしまったら、自分でやるしかないですよね。

(大和さん)そうなんですよ、退職したのは32歳ぐらいのときだったんですが、35歳ぐらいまでだったら、もしパン屋がうまくいかなくても、子供3人いるけれど就職して家族5人生きていけるだろうって。
でも、もっと長く修行して、パンめっちゃ作れるようになったぞ!って、例えば40歳ぐらいでお店を出したとしたら、万が一失敗したとき他での就職も厳しそうですよね。
だったら早いうちがいいなって。

── 思い切った決断のようですが、堅実的ですね。

(大和さん)性格的にはそうですね、石橋を叩きながら、失敗のないように何でもやるんですけど、
身内には店を経営してるような人がいないから、大丈夫なの?って心配もされていました。

のぼの職人村のパン屋 土の香 デニッシュとレモンのパン

── 場所をのぼの職人村内にされたのはなぜですか?

(大和さん)自宅が四日市なのでそこでやろうかとも思っていたんですけど、住んでいる場所がちょうど市街化調整区域でお店を開けないところなんです。
のぼの職人村の亀井さんとは、うちの家を建ててくれたのがきっかけで知り合ったんですけど、職人の村を作るから、そこでお店を開きませんかっていうお話をいただきました。
四日市で貸店舗を探してもよかったんですけど、何か違うなっていうのがありました。

人生色々ありましたが、何か大きな選択肢で枝分かれする時は運命ってあるのかなとも思っていて、自宅近くがダメで、のぼの職人村のお話があったっていうのもそういうことなのかなと。
なので、あまりこの場所の下見や、周辺のパン屋のリサーチもせずに決めてしまいました(笑)

それで退職後、のぼの職人村の建物を作るのを手伝いに来ていたんですけど、周辺の道路、車全然通らないなっていうことに気づいたんですよね。
1時間に1台とか(笑)

── それは不安になりますね(笑)この辺りは工場などが多いですしね。

(大和さん)そうそう、だから全然お客さん来ないかもしれない、、とも思ったんですけど、でももう決めちゃったし、やるしかないかなとは思っていました。
でも店の向かいに、亀井さんの奥さんと娘さんが運営されるカフェも建って、だったら心強いなって。
大工さんや左官屋さんなどの職人さんたちのなかに1軒だけパン屋だと不自然ですからね(笑)
一応「パン職人」だし、いいんじゃないっていうことで入れてもらったんですけどね。

── 色んなことが重なって、この場所でパン屋をやるっていうことにたどり着かれたんですね。

(大和さん)ですね、会社を辞めてもパンを続けたのも、ちょうど家の近くにパン屋ができたっていう偶然からでしたしね。
いざオープンしてみたら、たくさんのお客様にきていただけて安心しました。

── 売り切れてしまうぐらいですもんね!

(大和さん)本当は売り切れちゃだめなんですけどね(苦笑)
でも、夏場はここから売上が落ちるんですよ。
暑いとパンは食べたくなくなるみたいで、世の中のパン屋さんの流れなんですよね。
個人で路面店されてるところは、夏場2週間とか、1ヶ月休まれるところもあるぐらいです。
うちも2週間閉めるので、今は頑張り時ですね。

のぼの職人村のパン屋 土の香 オリーブのパンと田舎パン、カンパーニュ

接客も込みで「お店」です

── ショップカードにも書かれているお店のコンセプト、【毎日食べたいごはんみたいな 心も体もほっとするパンを 国産小麦と地元農家さんの新鮮な農作物でつくっています】はご夫婦で考えられたんですか?

(知佳さん)そうですね、大衆寄りのパン屋でもなく、コアな拘りのパン屋でもなく、その中間ぐらいを目指したいと思っています。
こだわりすぎず、とっつきやすいというか、ほどほどのところがいいねっていうのが夫婦の考えで共通していますね。
生地が美味しい、素材の味を活かした、毎日食べても身体に負担がないような。
安心安全にものすごくこだわっているっていうわけではないですが、自分の子供に、好きに食べてもいいよって言えるものですね。

(大和さん)あとは接客も込みで「お店」だと思ってるんです。
パンに関わる仕事をするようになってから、色んなお店を食べ歩いたんですけど、パン屋だけじゃなく飲食店もそうですが、味はめちゃくちゃ美味しいけど忙しくて接客がひどい店と、そこそこ味が美味しくてあったかい接客の店があれば、僕は個人的に後者の方が、また行きたいなって思うんですよね。
よっぽど何かがずば抜けて美味しければ、接客面は目をつぶってまた行くかもしれないですけど、接客がいい店の方ががいいですね。

── あったかい接客は印象に残りますよね、逆にそれが悪いと、悪い印象も後々残ります。

(大和さん)忙しいのはわかるけど、それで接客態度が悪いのは別問題ですよね。
ドイツにも行かせてもらえたし、東京や神戸など色んな店に行ってみて、ただ味が美味しいっていう店はたくさんあったんですけど、美味しくて且つ、めちゃくちゃ接客もいいっていう店は数えるぐらいしかなかったんです。
僕は、有名店で修行したわけでもないし、勉強はしてますけどそこまでパン作りに自信があるわけでもないので、僕が目指したいのはそういうお店なんですよね。
自分が食べて美味しいと思えるものを作って、あったかい接客ができてっていうバランスが取れればいいなと思っています。

のぼの職人村のパン屋 土の香 レーズンパン、チョコパン、ほうじ茶のパン、メロンパン

日常的に食べれる、素朴なパンを並べています

── 商品のラインナップにこだわりはありますか?

(大和さん)僕はシンプルに生地が美味しいものが作りたいと思っています。
生地が美味しければ具材は何を乗せても美味しいですからね。
バターの味がしっかりしてリッチなものより、粉の味がしっかりして噛み締めて美味しいっていう生地です。

ラインナップは菓子パンから惣菜パンまで色々並べていますが、華やかでケーキみたいな嗜好品じゃなくて、日常的に食べれる素朴なものですね。
見た目は派手じゃないけど、僕と妻が食べて美味しいと思うものを置いています。
全国色んなパン屋に行ってみると、本当にこだわって7、8種類しか商品がない繁盛店もあるんですよね。神戸にあるんですけど。

── 選りすぐりの8種類なんですかね。

(大和さん)そう、それがめちゃくちゃ美味しいんですよ、そして接客もすごくいいんです。
最初そのお店に行ったときに初めてですかって聞かれて、そうですって言ったら、じゃあ試食切りますねーって、全種類切ってくれるんですよ。

── すごく親切ですね!

(大和さん)そう、もういいですって止めるまで切ってくれました。
本当に有名店で、全国からお客様がくるような店なのにそんなことしてくれるんですよ。
それが本当に衝撃で、接客がいい店にしたいっていうのはその店に影響されていますね。
そんな接客で更にパンもめちゃくちゃ美味しくて、何この店って思いました(笑)

そこのお店は繁盛店なのに労働時間もそこまで長くないみたいなんです。
アンパンやクリームパンだったらあんこやカスタード炊いて包んでっていう手間がありますけど、その店はそういうのを排除してる代わりに、厳選した商品が美味しくて、大きいパンだから単価も高くて成り立っているみたいです。
労働時間が短く済むのは目指したいところではあるんですが、僕がお客さんだったら、30種類ぐらいのパンが並んでいて、うわ、どれにしようって迷うのが楽しいと思うんですよね。
うちも売れるものを厳選して商品を絞って、それでお客様がついていただけたらそれでやっていけるのかもしれないですけど、僕はそれ2年もやったら飽きちゃうんじゃないかなと思って。
自分がつくれる美味しいものを、作れるだけ作りたいですね。

のぼの職人村のパン屋 土の香 あずきのパン じゃがいものパン

噛み締めて美味しい生地作り

── 生地を美味しくするのは、どういった点にこだわっているんですか?

(大和さん)まず材料は、小麦は全部国産のものを使っています。以前いた職場がそうだったのでそれは踏襲していますね。
三重県産の「ニシノカオリ」や、北海道の「キタノカオリ」、「春よ恋」などを使っています。砂糖は奄美諸島産のきび砂糖を使用しています。

── パンの種類によって小麦の種類を使い分けているんですか?

(大和さん)そうです、種類によって粉の味も力強さ(タンパク質の量)も全然違うんですよね。
タンパク質が多ければ多いほどパンには使いやすいんですけど、イコール美味しいというわけではなくて、使いやすいけど粉の味があまりしないっていう種類もあります。
探せばもっと日本中に小麦の種類はあるんですけど、北海道でよく使われているのがこういった銘柄で、三重県ではこの「ニシノカオリ」です。

のぼの職人村のパン屋 土の香 ミルと全粒粉

お客様に、ショートニングやマーガリンは使用してるんですかってよく聞かれますが、これだけニュースになったり色んな人が言うんだったら良くないのかなと思って、使用していません。
そもそも美味しくないですね、マーガリン入りのパンは後に残るというか。
ちゃんとした材料を使って手間暇かけて作れば、美味しい生地になるんですよね。

天然酵母についてもよく聞かれますが、天然酵母も入れてますがイーストも使っています。

のぼの職人村のパン屋 土の香 一番人気の丸パン

(大和さん)あとは生地を美味しくするのに、時間もかけていますね。
今日もすぐ売り切れてしまったんですけど、例えば「丸パン」っていう商品は3日がかりで作るんですよ。
水と塩とはちみつしか混ぜていない、もちもちのパンで人気があるんですけど3日かかるのでたくさんは作れないんですよね。

── なぜ3日もかかるんですか?

(大和さん)まず、1日目は小麦粉をお湯で捏ねます。
湯種っていうんですけど、これをすると小麦の甘さが出るんです。
丸パンとか食パンにも湯種を入れていて、水分をたくさんパンに含ませることができるんですよね。
そうすると、時間が経ってもパサパサしないんですよ。
パンってカビが生えるまでは食べられますが、やっぱりパサパサはしてきちゃうじゃないですか。

以前いた会社では通販もしていたので、発送してお客様の口に入るまでどうしても日数が経ってしまうんです。
パンを焼いてから数えると3、4日経ってしまうって考えると、絶対焼き立ての方が美味しいし、4日目のパンで自分が評価されるのが悔しくて(笑)
それでこの方法に辿り着きました。

この手間が面倒くさくて、生地もつながりにくくなるし使いづらくもなるんですけど、この食感がすごく好きなんですよね。
お客様にも、ここのパンは2、3日置いてもパサパサしないって言っていただいています。
ただあんまり水分を多くするとカビやすくもなるので、バランスは難しいですね。
そうして2日目に捏ねてもう一晩寝かせて、3日目に焼きます。バケットも2日がかりですね。

こうやって手間暇かけると、パンは応えてくれるんですよね。
他にも技術は色々あるんでしょうけど、自分ができることをして美味しくしようと思っています。

のぼの職人村のパン屋 土の香

ゆくゆくは働き方も変えたいと思っています

── 手間暇もかかってお忙しそうですが、お一人で作られているんですね。

(大和さん)そうですね。だいたい平日は夜中の2時半から作っていて、土曜は1時から仕込みをしていますね。
14時に閉店してもそのあと16時ぐらいまでは店にいたりします。

── かなり長時間労働ですね、しかも立ち仕事ですし。

(大和さん)もうひと踏ん張りして作る数を増やすこともできるんですけど、それをやると身体がもたないし、納得できるものも作れなくなってきますよね。
お客様に来て頂いたのに商品が売り切れてしまってるっていうのと、納得できない商品を売ることになってしまうのと、どっちもどっちなのかもしれないんですけど。
それなら、自分の力がちゃんと及ぶ範囲で作れるだけ今は作って、買っていただけたらいいかなと思っています。
でもそんな働き方も、少しは変えたいなと思ってはいます。
パン屋なので早朝から働くのは当たり前なんですけどね。

── パン屋さんってそういうイメージですね。

(大和さん)そう、早朝から始まって、長時間働いて、給料が安いてっていう(笑)

── それは知りませんでした(笑)

(大和さん)そうなんですよ、なのでよっぽどの人以外はどんどん辞めていっちゃいます。
ドイツで4カ月パン屋で働かせてもらったんですけど、日本と労働時間が全然違うんですよ。
日本のパン屋だと14〜16時間は平気で働きますが、ドイツでそれを言ったらすごく驚かれました(笑)
ドイツは9時間ぐらいで皆帰ってましたね。

── なぜそんなに労働時間が違うんですか?

(大和さん)まずは機械化ですね、機械を通してガーッて出てきた生地を並べて、発酵して焼くだけっていう。
発酵も、イーストを日本の倍入れて、日本だと1時間発酵させるところを10分で済ませて。

── 時短ですね、、!でも美味しいんですか?

(大和さん)味にはこだわっていないからできるんですね(笑)
ドイツ人に、日本のパンの方が美味しいのに何で来たの?って言われました(笑)
働いていた店で、好きなパンをサンドイッチにして食べていいよって言われて、そのとき食べると美味しいんですよ。
でも仕事が終わって、持って帰っていいよって言われて持って帰ると、夜になるともうパッサパサです。

── ヨーロッパのパンっていうだけですごく美味しそうなイメージがありました、、

(大和さん)ドイツでは50mおきぐらいにパン屋がありますが、大部分のところはそういう感じでした。
もちろん、ちゃんとしてるお店は時間をかけてやっていますけどね。

のぼの職人村のパン屋 土の香 店内

── 美味しいほうがいいですが、働きすぎも辛いですね。

(大和さん)ドイツに行くまでは長時間労働で当たり前って思ってたんですけど、ドイツ人に働きすぎだって散々言われて(笑)、実際そういう現場を見ると、どっちが正解なのかわからなくなってきますよね。
日本の有名なパン屋さんって、行ってみるとスタッフの顔が死んでるところが多いですし(笑)

── 美味しさがスタッフの長時間労働の上に成り立っているんですね、、

(大和さん)ドイツでは9時間ぐらいで帰宅して、家庭での時間も大切にしてましたね。
家でお金を使わずにのんびり過ごしてたりとか、年に4〜6週間ぐらい休みも取れてバカンスに行ったり。
そういう生活を見ていると、いいな、ドイツに住もうかな、とも思いました。
ドイツの店も働きにきてもいいよって言ってくれましたが、僕だけの人生じゃないし、娘の人生もそこで決めちゃうことになってしまうのもなと思って日本に帰ってきました。

今は長時間働いてますが、ゆくゆくはちゃんと自分の時間も大切にしながらやっていきたいなとは思ってるんですよね。
9時間とは言いませんが、せめて10〜12時間にしたいです。
人を増やせばいいのかもしれないんですが、人見知りなので(笑)
あまり手広くやっても夏場には売上は落ちるし、だったら自分で作れる範囲で作ろうと思っています。

のぼの職人村のパン屋 土の香 クロワッサンとデニッシュ

地元農家さんの野菜も取り入れてみたいです

── これからチャレンジされたいことなどはありますか?

(知佳さん)今は手が回らなくてできてないんですけど、この辺りは美味しい野菜を作る農家さんがたくさんいるので、そこのお野菜をつかったパンを作りたいんですよね。
いい野菜が手に入る環境にあるのに、すごくもったいないことをしてるなって。

野菜をたくさん乗せている美味しいパン屋さんがあって、そういうのがやりたいなと思ってたんですが難しくて。
でもそれなら購入していただいたパンに、お家で野菜を乗せてもらうっていう提案もできるかなと思っています。
それなら現実的ですよね。

(大和さん)店を大きくしたり店舗増やしたりっていうことは全く考えていないんです。
地に足ついて、バランスのとれた生活を続けていきたいですね。
お客様に喜んでもらいつつ、家族を養って、家族旅行ができればいいかな。
そういう規模のパン屋をずっと続けて行きたいですね。

── 本日はありがとうございました!

パン焼き小屋 tonoca 土の香(とのか)

  • 〒519-0212 三重県亀山市能褒野町25-52(のぼの職人村内)
    Google map
  • Web:http://nobono.net/pg259.html
  • 営業時間:火〜土曜 9:00〜16:00(売り切れ次第終了)

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