JR四日市駅近くの住宅街に佇む古い町家。中に入ると古くとも美しい洗練された空間が広がります。雰囲気のあるこの建物は、1955年に建てられたものをリノベーションし、2018年2月に町家スタジオ 侶居(ろきょ)として生まれ変わりました。今回は、代表の日出 秀美さんにお話を伺いました。
クリエイターが集まる場所を作りたい、がきっかけでした
── ここでギャラリーを開かれた経緯は何ですか?
もともと夫婦で東京に住んでいたんですが、大工だった祖父が建てた実家が空家になってしまい、東京から戻ってきました。
この家に住みながらギャラリーにしようと思ったのは、主人はアート制作とグラフィックデザイン、私はインテリアデザインを生業としているので、ジャンルを問わずクリオエイティブな活動をしている人達と繋がっていきたい、そういう人達が集まる場所を作りたいと思ったのがきっかけです。
侶居は私達の作業場でもあるので、ギャラリーというよりスタジオという感覚です。
ギャラリーというと、作家の作品があって、観る人がいて、という形式が多いですよね。
条件が合えばワークショップを開催し、観るだけじゃなく参加してもらう企画にしたいです。
作家として活動している人じゃなくても、前回の企画展の際に出張カフェできていただいたSEROWcoffeeや、HAPPY MOUTHといった飲食をされている方の「作る」も、十分クリエイティブですよね。
一度東京や大阪など都会に出られて、こちらに戻ってこられた方の中に、共感して下さる方が意外にたくさんいらっしゃることがわかりました。
そういう方々にもっと関わっていけたらいいなと思います。
建物が完成したのが去年の10月なんですけど、本当に何にも知らなくて、作家にお声掛けしたらすぐに企画展を開催できると思っていました。
でも作家はそれが仕事だから1年先、2年先まで予定が決まってしまっているんですよね。
なので全然予定が合わず、だめかなと思っていたときに彫刻家の田代裕基さんの企画展ができたのは幸運でした。
この建物で作品を観せるということに賛同いただける作家にお願いしています
── そういうクリエイターのかたとはどういった形でお知り合いになることが多いんですか?
インターネットで探して、面白そう、観てみたいと思った方をお尋ねしてます。
それで実際に観てみるんですが、主人と二人で観ます。
大まかに同じ方向を見て進んでいるつもりではいますけど、得意ジャンルもそれぞれ違うので偏りがないように二人で見て、この方にお願いしたいなと思った方にお声掛けしています。
ギャラリーって、作品性を際立たせるために真っ白な壁に無機質なモルタルの床っていうところが多いですけど、侶居は古い民家で、生活の場でもある中で観せるという形をとっているので、それに賛同していただける作家ということになってきます。
ちそう菰野 田代裕基さんとの出会い
最初の企画展の田代裕基さんは、こちらからお声掛けしたというよりも、たまたま、ちそう菰野という場所を知って訪ねて行って、そこで田代さんの作品を観てすごいなと思ったんです。
まさかこのレベルの方に、最初から企画展をしていただくのは無理だろうと思っていたんですが、お互い、古い建物でアート活動をしている、一旦都市に出て、都市から地方に拠点を移して活動を始めたという点が共通していて、逆に田代さんのほうから、ちそう菰野で個展をやりませんかと主人に声を掛けていただきました。
それで5月12日から、ちそう菰野で主人が個展を開催するんですが、そのやりとりは昨年11月のことで、5月まで大分先だったので、その前に田代さんに侶居で個展やっていただけませんか、とお話ししたんです。
2月ならとお返事いただいて急遽第1回企画展ということで動き始めました。
第1回目から一番やりたいと思っていた現代美術の展示を開催できたということは、すごくラッキーでしたね。
それが侶居の水準点になったかなという感じがします。
日々の、ちいさな特別のために
── コンセプトの「日々の、小さな特別のために」という点を説明していただけますか?
毎日の暮らしに、ちょっといいもの、心が豊かになるものを展示していきたいと思っていて、
上質で飽きないもの
身の丈にあったもの
べっぴんなもの
心がこもったもの
名も知れず美しいもの
時間が経ち魅力がますもの
これを基準としてジャンル問わず、ご紹介していきたいと思っています。
── コンセプトも有りきで、作家とコミュニケーションをとって企画展に結びついていくんですね。
はい、田代さんは「名も知れず美しいもの」という部分にすごく共感してくださったんです。
この建物に気配を感じて、「白い気配」をテーマにした新作の展示になりました。
田代さんはテーマ性を重視する作家で、そういう意味でも幸運でした。今後それをどの程度維持していけるかというところなんです。
よっかいちフィルムコミッションに登録しました
── ギャラリーとは違う、新しいかたちですね。
そうですね。元々レンタルスタジオとして、写真や映画の撮影スタジオとしても使っていただきたいという気持ちがあるので、そういった面をもっと押し出して行きたいと思っています。
それで四日市市が運営している、よっかいちフィルムコミッションにも登録しました。
── フィルムコミッションとは、映画関連の団体ですか?
映画のロケ地になるような場所を集約されていて、映画を制作される方との仲介をされています。
四日市って映画の舞台に使われることが多いらしく、そういうことに積極的なんですよ。
映画の制作に参加出来るのって楽しいですし、ロケ隊は大人数で動くので宿泊施設や飲食店も潤うし地域活性化にもなりますよね。
ギャラリー以外の仕事
侶居の企画展は、基本的に2ヶ月に1回で、それ以外は、主人はアート制作、グラフィックデザイン、私はインテリアデザインの仕事をしています。そのことをもっと前面にだしてもいいかなと思い始めました。
今までは、ここが完成して準備するのが精一杯で、仕事はほとんど東京にいた時のお客様なんですよ。
距離はあっても、メールなどでデータのやり取りはできるし、東京まで2時間半で行けてしまうので、月1、2回の打ち合わせなら十分通えます。
侶居のパンフレットやDMはほとんど自分たちで作っています。
写真の撮影、レイアウト、コピーも自分たちで。
グラフィックデザインとなると、今どきパソコンとソフトを使える素人はたくさんいるので、そこそこのことはできるんですよね。
でも結局プロに頼んだ方がほうがリーズナブルだっていうことをちゃんと説明したいです。
私も住宅や店舗のインテリアデザイン、スタイリストなど、色々な仕事をしてきましたので、こちらでもそういう仕事を広げていく努力をするべきかなと思っています。
地域の建築・インテリア関係の方と繋がりたいと思っています
地元の建築、家具関係の方々と繋がりたいなと思っています。
職人さんとは、おもしろい人たちと結構知り合うことができたんですが、設計、インテリアデザインをされている方とあまり出会っていないので。
それを思ったのは、企画展を開催して、お客様の中にリノベーションの状況を見に来られる方が多かったからなんです。
── リノベーションを考えている方が、参考に見に来られたんですか?
そうです。古い家をどうやって改装したんですか、親が住んでいた古い家があってどうしようかと思ってるんです、という方が結構いらっしゃって。
昔だったら、私にお任せください、お金出してくれればやりますよっていう流れになるんでしょうけど、それだけではないポイントが色々あって、そういうことをアドバイスしたいと思っています。
── ポイントはどういったところですか?私もリノベーション経験者ですが、そういう相談できる方がいたらぜひお願いしたかったです、右も左もわかりませんでした。
例えば、どれくらい自分たちで関われるか、セルフビルドできるかっていうところですね。
自分たちで作業する部分を増やせば、その分予算を減額できるので、そういったことのやり方とか。
そして、どうやって業者を探せばいいのか。
インターネットで安い業者を探して、依頼して痛い目にあった方が何人もいらっしゃるんです。
施主の希望にあった業者を探してマッチングするためには、こちらで仕事している方々と繋がっていくことが必要だと思っています。
そして、自分たちがどんな優先順位で、どういう家にしたいのかが大事です。
子育てのためなのか、終の住みかになるのかでリノベーションの仕方が全然違いますね。
家は暮らしの器なので、暮らしが変われば変えていかなきゃいけないんです。
こういう話し合いができていない方が多いのかなと思っています。
古いものと新しいものを違和感なく共存させること
── ここをリノベーションされたときにこだわったポイントなどはありますか?
古いと汚い、と言われる方もいるんですが、要は上質な素材が経年変化で魅力を増したと感じてもらえるような空間作りをしたいと考えました。
壁や柱を新しくした部分が結構あるんですけど、古い部分と同時に存在していても違和感を感じないように仕上げていくにはどうしたらいいか、例えば新しい柱はどうしても白っぽいですが、古い柱は茶色いのでそれが並ぶとやはり違和感ありますよね。
なので新しい柱には天然素材でできているオイルで着色しています。木の保護にもなるんですよね。
── 茶色く塗装しているわけではないんですね。
塗装して、皮膜を作ってしまうと木が呼吸できなくなるから、木が健康的に年をとっていけないんです。
壁は、60年前の土壁と新規の壁が隣接しているところがあって、新しい壁には珪藻土クロスを貼っています。
基本的に土壁も珪藻土クロスも油汚れが付く壁には適していませんが、「張替え可能」、「見た目の違和感を少なくする」そして「工期短縮」のために珪藻土クロスを選びました。
床材は三重県産の杉の無垢材を選びました。大工の棟梁に聞いたら、自分が扱う床材で一番安いそうです。
それに杉って冬、足触りが暖かいんです。
── 古いお家なんですが、もとがしっかりしていたから、ということもありそうですね。
大工、構造設計士と一緒に見たんですが、これは壊すのはもったいないということになりました。
でも自分で手がけたリノベ物件で、一番難しかったですね。図面も残ってないですから、実際に壊してみないとわからない部分が多く、思った以上に時間とお金がかかりました。
それでも、木造の家は直し易いと思います。
古い家を直して住むことによって街並みが残っていくわけです。そういうことも発信できたらいいなと思います。
── 本日はありがとうございました!